麒麟がくる 麒麟を飲んで皆で盛り上がろう!part2


 麒麟がくるのpart2です。
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 前回、盛林寺に祀られる明智光秀の首塚を訪ねましたが、今回は丹後の守護大名であった一色氏率いる上宮津城主・小倉軍と細川・明智連合軍の決戦の場となった上宮津城跡を訪ねてみました。
 盛林寺の前に見える小高い山が上宮津城があった場所です。

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 城跡へは麓にある数馬神社から登ります。

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 よく見るとこの狛犬の左足には他の狛犬の首が押さえつけられています。作られた時代は分かりませんが、討つか討たれるか、戦乱の世の厳しさを感じさせます。

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 一部人工的な石もありましたが、城跡を感じさせるような遺跡は見当たりませんでした。

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 城があったと思われる頂上付近は雑木が伐採され、桜の木が植林されていました。

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 現在は木々で視界はよくありませんが、宮津の平野部が見渡せる軍事的に重要な場所であったことが想像できます。

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 散らばっていたと思われる石塔がまとめて置かれていました。

 1579年織田信長の命を受けた細川藤孝は丹後に侵攻しますが、一色勢の迎撃を受けて一旦撤退します。 しかし明智光秀の助勢を得て再び丹後に侵攻した細川・明智軍は激戦の末、一色軍を破り、上宮津城城主であった小倉氏はここで討ち死にしたと伝えられています。なお、負けた一色勢は岩滝の弓木城まで撤退したと思われます。

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 宮津と言えば今、明智光秀の娘で細川忠興の妻「細川ガラシャ」ゆかりの地として力を入れていますね。

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 ガラシャ像の後ろに建つ教会は、現役の教会としては日本最古の木造教会堂とされています。 ガラシャ像と相まってとてもいい雰囲気ですが、建てられたのは1896年でガラシャの死後300年近く経ってからの建物です。 まさにガラシャの霊魂がこの地に建てた教会のように感じます。

 実はガラシャという名も味土野での幽閉を解かれ、大阪の細川屋敷で暮らすようになり、キリスト教の洗礼を受けてからの名前です。宮津に細川忠興の妻として暮らしていたときは「玉」という名前でしたが、波乱に満ちた生涯をおくり壮絶な最期を遂げ戦国の世を生きたお姫様にはガラシャと言う名がよく似合います。

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 そしてガラシャ像が見つめる先は宮津城があった鶴賀(別名・鶴賀城)の方向です。 この城は細川藤孝が丹後に入った1580年に建てた海城ですが、現在その痕跡はほとんどありません。
 築城した細川藤孝も宮津にいた期間は僅かで、2年後の1582年には明智光秀が本能寺の変を起こし、中立の立場をとった細川藤孝は宮津城を子の忠興に明け渡し出家し、細川幽斎と称し舞鶴の田辺城へ隠居します。そして忠興は明智光秀の娘である妻の玉を味土野へと幽閉しますが、動乱が落ち着いた2年後の1584年には豊臣秀吉の計らいもあり、明智玉は幽閉を解かれ大阪にある細川屋敷に住居を移します。

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 近年になり大手川の改修工事と合わせて白壁の道が作られ城下町らしくなりました。   

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 僅かに残る宮津城の遺跡「太鼓門」
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 実は宮津城本丸御殿の玄関が与謝野町にある後野愛宕神社の拝殿として移築されています。

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 唐破風と呼ばれるデザインの屋根です。
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 後野愛宕神社には明治7~8年にかけて宮津より移築されています。
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 海城であった名残に、青海波と砕け散る波を表した透かし彫りがあります。虹梁の上には後の宮津城主 京極家の紋所「平四つ目結」が残っていいます。

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麒麟がくる 麒麟を飲んで皆で盛り上がろう!

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 ふだんドラマ物はほとんど見ないのですが、今回のNHK大河ドラマの「麒麟がくる」は丹後にも関わりがあり、見ておかないとと思い見始めると、どっぷりと引き込まれ、次回の放映が楽しみになってしまいました。

 歴史的人物像は勝者が美化されて伝わり残るものですが、今回の主人公の、敗者であり謀反者の明智光秀がどのように描かれるのか非常に興味深いところです。 歴史的な話はさておき、明智光秀役の長谷川博己は勿論とても良いですが、モックンこと斎藤道三役の本木雅弘がとてもカッコ良くて演技に見入ってしまいます。

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 明智光秀と丹後の接点は、やはりここ、光秀の首塚がある宮津の「盛林寺」ではないでしょうか。

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 本能寺の変の後、豊臣秀吉の軍に敗れた光秀の首は宮津にいた娘(細川 玉・後の細川ガラシャ)の元に届けられ盛林寺で供養されたと言われています。

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 細川 玉が作らせたとされる父・明智光秀の供養塔

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 供養塔前の丸い石には、光秀之首という文字が刻まれています。

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 訪れた機会に盛林寺の境内を散策させて頂きました。

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 苔むした庭が歴史を感じさせとても素敵でした。

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     土が流されむき出しになり、苔むした根が長い年月を物語っています。

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 マンリョウ
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 ノキシノブ
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 戦国の時代に思いを馳せて庭を見渡すと、感慨深いものがあります。

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 盛林寺の大手川を挟んで対岸には上宮津城跡があります。 ここは丹後守護職であった一色氏と、反する織田信長の命を受けた明智光秀と細川藤孝が攻め入った激戦地でもあったようです。一色氏は敗れ、勝った細川藤孝は丹後一国を与えられ、宮津に城を造り居城とします。一方の明智光秀は丹波が与えられ福知山に城を築きます。

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さすがに丹後の屋根 世屋高原


 今年は記録的に雪の無い丹後ですが、流石に丹後の屋根と呼ばれる世屋高原に上がると雪を見ることが出来ました。

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 これは誰の足跡?  鹿が井戸端会議でもしてたのかな?

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 町中を走っていてよく目につくのはアジサイのドライフラワーですが、山の林道ではこのイタドリのドライシード?がよく目につきます。どちらも降雪がほとんど無いので潰されずに立ったまま残っているので目立ちます。

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 例年ですと世屋高原から先は積雪のため通行止めですが、今年は看板も無いので少し走ってみました。

 吹き溜まりの場所は、そこそこの積雪もありました。

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 ビュースポットでは伊根の舟屋や冠島が眼下に見えますが、冬の景色は感じられません。

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 帰りにフキノトウがあったので少し頂きました。

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 毎年山でもらったフキノトウで蕗味噌を作ります。 これを食べると春を感じますが、今年はかなり早いですね。

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苔むして自然に帰りゆくお地蔵さん


 形あるものはやがて自然の一部として消えゆきます。

このお地蔵さんを初めて見たのは30年ほど前のことです。その当時はまだ形がはっきりしていた記憶がありましたが、今では何処にお地蔵さんがあるのか、目を凝らさないと判りません。

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 この今にも消えそうな「駒返しの滝地蔵」は岩滝から延利へと抜ける府道53号線の峠道にあります。

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 道路から急こう配の遊歩道を降りるとすぐに祠が見えます。

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 「駒返しの滝地蔵」がある谷川の対岸には地元の人が作った水力発電設備もあります。

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 「駒返しの滝地蔵」の説明柱と「駒返しの滝」

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 記憶していたより水量も落差もあり 立派な滝でした。

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 駒返しの滝の由来は、昔、用明天皇の皇子「麻呂子親王」が丹後地方の鬼退治に、岩滝から現在の丹後町方面へ馬を進めていたところ、険しい岩場と滝のため馬が越せず引き返したことから「駒返しの滝」と名付けられたとの伝説があります。
麻呂子親王の鬼退治と言えば間人の立岩に残る伝説がありますが、ここから道を変えて竹野方面へ兵を進めたのでしょうか。

 岩滝の地名についての勝手な空想ですが、昔の偉人をも困らせた険しい岩場と滝から「岩滝」と名付けられたと考えても面白いですね。

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 「駒返しの滝地蔵」、「貞和五四」1349年に彫られたもので、幅約30㎝、高さ約60cmの磨崖仏で今から671年前、室町時代の作です。京丹後市の文化財に指定されています。 

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 人との関りが無くなるとそこは自然が支配する世界へと戻り、里山周辺の史跡ではそのスピードを速めています。

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久美浜 カキ・魚まつり


 久美浜名物の牡蠣を求めて久美浜へ!

 久美浜の人気イベント、カキ・魚まつりは例年12月下旬の日曜日に行われていましたが、牡蠣の生育状況に合わせて今年は1月19日に繰り延べて実施されました。 1月は雪が心配されますが、今年は雪の気配は全くなく、天候もよく、凄い人出でした。

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 カキフライや暖かい煮物が飛ぶように売れ、焼ガキやつみれ汁のコーナーは長蛇の列が出来ていました。

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 彩り豊かな野菜もよく売れていました。

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 鮮魚もスーパーで買うより安いですが、自分で料理をしなければいけません。

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 牡蠣のカンカン焼き。 水を少し加え蓋をしてこのまま直火で蒸し焼きに出来るそうです。

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 体験型コーナー。 ハマチのすくい取り、1回500円。

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 獲れたね~。 とれたてピチピチ新鮮なのでお刺身が美味しそうです。

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 久美浜に来たついでに、イベント会場からすぐ近くの「宝泉寺」まで散策してみました。

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 宝泉寺は水仙寺としても有名で、庭の法面の水仙が丁度見頃を迎えていました。

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 すがすがしい香りが辺りにただよっています。
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 八重咲の日本水仙。
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 向こう一ヵ月の長期予報では平年より暖かい日の確率が70%だそうです。 私の記憶する人生の中でもこんな雪の少ない年は覚えがありません。 災害さえ無ければよいのですが、今年はどんな年になるのでしょうか?

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麒麟がくる 岩滝に?


 1月19日(日)から始まるNHK大河ドラマの「麒麟がくる」で、近隣の福知山や宮津ではその経済効果にあやかろうと躍起ですが、残念ながら我が生まれ育った町「岩滝」には麒麟は来ません。 それでも何か接点は無いかと訪れたのがここ「弓木城跡」です。

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 弓木城跡は、天橋立の阿蘇海から西に入った海上ルートと、内陸部への加悦谷ルートと大内峠越えが交差する要所を押さえる小高い丘陵にあった山城跡です。 戦乱の時代、治めた君主により名前も変わり、一色城や稲富城とも呼ばれています。

 「麒麟がくる」との接点は、主人公「明智光秀」の娘「細川ガラシャ」の晩年、その警護役の一人される「稲富祐直」が治めた城跡なのです。
 稲富祐直は細川ガラシャの最期を共にし逃れて生き延びますが、夫の細川忠興からは逃げた卑怯者として恨みを買います。しかし稲富祐直は身に付けた砲術士の腕を買われ、徳川家康から召し抱えられ「稲富流砲術」を確立したとされます。

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 弓木城跡へは岩滝小学校前を通る道路際から登ることができすま。 付近は「城山公園」として整備されており、弓木城主稲富氏の記念碑や稲荷神社、水無月神社があります。

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 町中から登るルートもありますが、こちらからは足元が悪くお勧め出来ません。

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 城の東側にあたる町中からは いきなりの急斜面になっており、難攻不落の城だったことがうかがい知れます。

 水無月祭の時は、一人でも降りるのが難しいこの急坂を御輿を担いで降りると言うのですからビックリです。(@_@)

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 弓木城跡の碑
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 椿がきれいに咲いていました。 
てもちょっと待って! 武士から花首から落ちると嫌われる椿をここに植えるはずがないですね。 よくみると山茶花でした。

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 静けさの中に咲く姿が似合います
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 辺りを散策してみると冬イチゴが
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 稲荷神社
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 巻物を銜えたキツネと玉を銜えたキツネ。 明智玉(細川ガラシャ)と玉つながり (-_-;)

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 戦乱の世も見てきた根っ子?
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 城山にはドングリの生るカシの巨木が多くあります。
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 誰からも見向きをされないおびただしい数のドングリが何かを訴えかけているようです ・ ・ ・

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雪は何処へ


 一月も半ばに近づいていますが雪の気配が全くありません。
起きるのが遅かったせいもありますが、朝の気温は11度もありました。 異常気象、々、と言われて久しいですが、これは本当に異常さを実感する年の始まりとなりそうです。

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 夏の花、ペチュニアが未だに花を付けているのは驚きです。 ここは何処?南国? 丹後ですよね。(@_@)

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 いつもなら雪に埋もれているパンジーですが、春と間違えて花盛りです。

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 暖かいだけならありがたいですが、夏の猛暑、異常気象による巨大台風・干ばつ・豪雨など自然災害はごめんです。
















初詣 令和2年


 毎年初詣にお参りする籠神社は国道の渋滞が酷く行くのに躊躇するのですが、今年は府中小学校グラウンドと市民グラウンドが解放されたお蔭か、国道の渋滞も無くとてもスムーズにお参りできました。

 巨大破魔矢が設置されていました。
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 以前はお参りに並んだ記憶が無いのですが、2~3年前から観光客が急増したのか長蛇の列が出来るようになりました。

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 帰りににしがき府中店に背後から後光が射していました。 と言うか、撮る位置によって後光の前景は変わるのですが、元旦から頑張っている「にしがき」さんの この位置にしました。

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2020年が皆様に良い年でありますように


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お正月の お魚を仕入れに お買い物


 お正月のお刺身用にと思い、栗田漁港へ浜買いに行ってみました。

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 網揚げの船が帰ってきて荷上げ作業です。

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 今日の漁模様は、サワラやスズキにヒラマサ、シログチなどで、近年アジが本当に少なくなりました。
お正月に合う真鯛や寒ブリは獲れてないのか獲れていても船の上で確保しているのか、荷上場には姿が見えませんでした。

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 今日は刺身焼き物用にサワラとスズキを、干物用にカマスと中アジをバケツに入れました。
今日はサワラが1500円/㎏、スズキ1000円/㎏、カマス、中アジは500/㎏でした。 カマスは18匹で750円だったので、1匹当たり約41円とお買い得です。カマスはフライにしても美味しいし干物にも最高です。

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 昨日のおまけの写真 in USJ

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プロフィール

丹後の山ちゃん

Author:丹後の山ちゃん

血液型 : 不明
年齢 : 気持ちは万年青年
おひつじ座のとら年です。


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